「天下の真珠では渭塘のものが一番だ」。中国珍珠宝石城の元住所は渭塘鎮の西の何家湾に位置していた。70年代にスタートし、1984年に建設された。元の名称は渭塘珍珠貿易市場で、その後94年に建直し・拡張し、敷地面積が40ム余りで、建屋面積が1.5万㎡で、取引ホールが5400㎡の全国初淡水真珠市場の中国珍珠城が形成された。30年余りの発展を経て上級政府と各部門のご支持のもと、2005年に渭塘鎮政府は鎮東部の珍珠湖の畔に1.28億元投資し、現在中国珍珠宝石城の第一期工事を開始し、その年の9月26日に隆盛に開業した。中国珍珠宝石城は前後して「蘇州市 ベスト四のスター市場」、「江蘇省ベスト10農産物市場」、「江蘇省農産物のトップ企業」、「江蘇省五つ星文明団体」、「全国ベスト100市場」、「蘇州市の偽物ない見本店」、「蘇州市国際観光サービス推薦団体」、「蘇州市観光業界の優秀団体と特色観光発展賞」を受賞。国家農業部、対外貿易部、国家統計局、国務院発展研究センターなどから「中国業界ベスト100」、「中国輸出優秀企業」、「郷鎮企業優秀製品」、「中国最大淡水真珠市場」などの称号を得て「中国の一番」と褒められた。真珠は全国各地へは勿論、日本、韓国、アメリカ、ロシア、インド、カナダなど国家及び香港、澳門、台湾などの地区へ販売されている。大勢の海外顧客は殺到してくる。2006年11月10日に国家発展改革委員会、科学技術部、国土資源部と中国珠宝玉石装身具業界の協会、国土資源部珠宝玉石装身具センターに全国1陣目の16社「中国珠宝玉石装身具特色産業基地」の一つに選ばれた。2007年に江蘇省と蘇州市より「第一陣省レベル現代サービス業集積地と市サービス業重点集積地」と認められた。
新築の中国珍珠宝石城は敷地面積が4.5万㎡で、建屋面積が3.7万㎡で、1.6万㎡の2フロアーの真珠装身具取引ホール、1.8万㎡の真珠統珠取引ビルと3000平米の補助施設がある。また車を200台余り内容できる大型停車場がある。移転以来、「第1回ジュエリー博覧会」、「国慶節を祝う江南采珠遊」、「アジアジュエリー連合会真珠商会の設立大会」、「第1回蘇州国際真珠展示入札募集会」、「三体会」ボディービル試合、「蘇州第1回中国真珠祭り及び国際ジュエリー展示交易会」、「蘇州市第5回水郷青年歌手試合」、「中国真珠産業発展戦略フォーラム」、「中央テレビ局「インタラクション空間・真珠加工スーパーマン」」、「渭塘の真珠、流行の真珠」ジュエリーのデザイン試合、2008蘇州相城中国真珠祭り及び世界レジャーミス決勝戦などシリーズの活動が行なわれ、いずれも円満に成功した。特に「大陸真珠の第一オークション」と言われる入札会が成功に行なわれ、渭塘真珠は世界で有名になり、既に蘇州市と江蘇省の新しい名刺となっている。
「世界のよい真珠は渭塘に集まり、渭塘の真珠は世界でよく知られている」。中国珍珠宝石城の真珠装身具取引ビルの1階建てでは、各種類の真珠装身具、工芸品、化粧品、保健品など取り扱われ、中国ジュエリー装身具業界ネットサイトの電子貿易購買センター渭塘事務所と蘇州ジュエリー装身具アイデアデザイン室が設けてある。二階では翡翠、白玉、石、水晶、黄金、白金などのアクセサリーが取り扱われ、真珠文化博覧センターと黄金、ジュエリー検査センターが設けてある。取引ビルの西側は真珠統珠交易ビルで、中に長青集団連合真珠養殖公司、江蘇楊市珍珠養殖公司など40社余りのジュエリー企業がある。五階には、3000㎡余りの蘇州国際珠宝展覧中心のほかにアジア珠宝連合会珍珠商会本社と江蘇省珍珠協会の秘書処がある。中国珍珠宝石城の周りには珍珠湖養殖基地が800ム余りあり、2006年の国慶節に「江南采珠遊」活動と「江南采珠遊」特色観光プロジェクトが正式に発足されて以来、大勢の観光客が中国珍珠宝石城へ真珠採取、観光、買い物に来ている。
中国珍珠宝石城の移転により、渭塘サービス業が迅速に発展し、中国珍珠宝石城を中心とするサービス産業集積区ができた。現在、中国珍珠宝石城のサービス集積区はある程度の規模ができている。一期目工事として真珠装身具取引ビル、真珠統珠取引ビル、ジュエリー検査センター、アイデアデザイン室、ジュエリーオンライン情報プラットフォーム、珍珠湖公園、珍珠湖養殖模範区、真珠採取長廊下、育珠亭、お釣りエリア、珍珠湖ホテル、陽光永楽倶楽部、病院、珍珠湖小学校、麗晶花園、玉盤商店街、渭塘ビジネス城などのプロジェクトは相次いで開業した。投資総額が2.5億元の二期目工事の蘇州珍珠宝石首飾国際交易中心は建築面積が6.2万㎡で、現在ほぼ竣工し、対外に賃借者を募集している。三期目の工事のジュエリー文化博覧館、蘇州ジュエリー加工産業パーク、自動車運送会社、渭星商店街の延長、湖畔明珠、朗悦湾、頂峰広場、渭塘の星及び新しい観光補助プロジェクトが計画・建設中である。現在、従業員は10000人余りで、年間売上金は12億元位である。二期目、三期目の工事が完了した後、従業員が3万人超え、年間売上金は30億元超える見込み。
江南采珠遊のご案内
「江南采珠遊」という参画性特色観光プロジェクトは中国淡水真珠の都の蘇州渭塘にある中国珍珠宝石城より出されたものである。伝説では、紀元前514年に、春秋戦国時代に、伍子胥が渭塘へ考察に来て、珍珠湖で真珠を養殖していたということである。だから、ここで取れた真珠は滑らかで丸くて艶があり、まるで玉のようで、貢物として喜ばれていた。「禹貢」に「準夷濱珠」という節があり、太湖北部の人たちが淡水の真珠を貢物として貢いだということが記述した。またもう一説では西施が真珠と一緒に生まれて水のエッセンスを取り入れ、美人になったので、一生真珠が大好きだったと言われている。「呉越・春秋」の記述では、越国が呉国を滅ぼした後、西施は範蠡と一緒に蠡湖の当たりに身を隠し、二人は漁家の夫婦のふりをし、越国の兵士に発見されないように隠れ、大金で漁船を借りて陸慕、蠡口、渭涇塘を通り過ぎた。渭涇塘を通り過ぎている時、西施は、ある女子が蓮の池のそばで洗濯しているところを見て、感慨深くて涙が真珠のように落ちていたということである。それで、この湖を「珍珠湖」と名づけたのである。
2005年に中国珍珠宝石城が美しい珍珠湖の畔に移転されてから、珍珠湖レジャー観光が流行し始めた。暇な時に、友達を誘って、真珠の長廊下を通り抜け、珍珠湖を船に乗って遊覧しながら、ロープを引っ張ってカラス貝を取り、その中から真珠を取って楽しむことができる。観光客は多くの真珠から気に入ったものを選んでその場で穴を開けてネックレスやイヤリングや指輪などを作ることができる。また技師の指導の下で自ら真珠の子を綴り、湖の中に掛けて3年してから真珠を取る喜びを体験することもできる。お釣りが好きなものは珍珠湖で才能を発揮してください。観光客はこの中で真珠を通じ、楽しむことができる。真珠の知識を聞いたり、真珠の宝物を見たり、真珠の養殖、加工、生産したり、真珠を買ったり、真珠の文化を味わったりするときに、大自然のすごさと珍珠湖の美しさを感じ取ることができる。渭塘真珠というユニークな資源とブランドにより、そして珍珠湖の美しい環境により、出された「江南采珠遊」というプロジェクトは、娯楽しながら知識を習得できるセルフ式参画性特色観光プロジェクトとなっている。
真珠はカラス貝の自然結晶のもので、昔から人々に喜ばれる装身具の一つで、古代の中国で皇帝、大臣でも、一般庶民でも真珠が好きだった。今日の人々はそんなに真珠に憧れなくなっているが、真珠を多く応用している。例えば、工芸品に使われたり、薬膳に使われたり、真珠粉、真珠クリームにように美容に使われたり、真珠丸、六神丸、行軍散、珠黄散、内服真珠粉のように薬に使われたりして、真珠は人々の生活の中で欠かせないものとなっている。
蘇州では昔から真珠養殖、真珠採取という伝統がある。それで濃い江南真珠文化ができた。渭塘中国珍珠宝石城より出され、登録された「江南采珠遊」は都会のレジャー族に喜ばれ、ゴールデンウィークの市民観光プロジェクトとして中国中央テレビのニュース番組で報道されたことがある。「一家で貝を切り開いて真珠を取る」という活動に続いて、去年に行なわれた「恋愛カップルが愛情の真珠を養殖し、カラス貝を吊るし掛ける」という活動は多くの都会人の目を引いている。「江南采珠遊」は歴史人文、自然環境と観光産業を一つにし、観光、真珠養殖、真珠育成、真珠取り、加工、観賞購入、レジャーなどシリーズの娯楽活動を通じ、観光客に真珠の文化、江南水郷の文化を味わっていただいている。
真珠取りプロジェクト:
- 育珠亭を見学し、真珠の接種、養殖、生産、加工などの基本知識を習う。
- 真珠養殖湖を観光し、家族、個人、カップルはセルフ式でカラス貝取り、真珠採取、真珠の子蒔き、カラス貝の吊るし掛けを行なう。
- 真珠を選び、穴あけて製品にするのを見学する。
- 中国珍珠宝石城の取引ビルを観光し、必要に応じて真珠のネックレスや装身具を買うか製作依頼することができる。
珍珠湖の来歴
渭塘は真珠で世界に名を馳せている。珍珠湖は渭塘鎮の中部に位置し、面積が1平方キロで、そのうち、水域が700ム(1ム=666㎡)で、砂浜が800ムである。珍珠湖という名に何か由来があるだろうか。伝説によると、紀元前514年に春秋戦国時代に、伍子胥が首都の建設するために、ここへ考察に来た。最終的に闔閭大城がここに建たなかったが、伍子胥は見た土地も飲んだ水もなかなか忘れられない。特にあの水は清くて甘くてカラス貝の養殖に適すると思い、伍子胥は部下に太湖から上等の稚貝を運び、ここで養殖するように命じた。ここで取れた真珠は丸くて白くて貢ぎ物として喜ばれていたという。ある日、呉王は西施と一緒に蓮花池のそばで遊び、西施は湖の畔に立ち、湖面は鏡のようで、真珠のネックレスをしている西施の美しい姿が湖中に映り、魚はその美しさに驚嘆し、静かな湖面を打破しないでその美しい姿が少しでも長くキープできるように下へ沈んだ。西施は胸のところに置いていた手を下げ、笑いながら、「王様、この真珠はどこから取れたのか」と聞いたら、「珍珠湖」と呉王が答えた。それでこの湖は珍珠湖と名づけられたのである。
人々はここで労作し、真珠養殖、真珠採取し、悠々自適の田園生活を送っていた。真珠の収穫シーズンになると、農民たちはここで踊ったり歌ったりしながら祝っていた。現在、廟会(地元の祭り)或いは「西王母の誕生日」になると、婦人たちが晴れの服装を着て踊っている「打蓮箱」、「挑花籠」などはあの時から伝承されたものであると言われている。
太湖流域は昔から真珠がたくさん取れる。これは歴史資料で証明できる。「禹貢」の準夷濱珠という節で、太湖の北部の人たちが淡水真珠を貢ぎ物として献上する史実を記述していた。「春水龍湖緑涨天……種出明珠颗颗圆」というふうに、詩人は当時の真珠養殖の様子を詠んでいる。渭塘は「中国の淡水真珠の都」だと言われ、珍珠湖は渭塘鎮の中心にあり、きらきらしている真珠のようである。珍珠湖という美しい名を見てその素晴らしい真珠を想像させられる。
住所:江蘇省蘇州市相城区渭塘鎮珍珠湖路88号
電話:0512-65401281、65905888
ファックス:0512-65404528
ホームページ:http://www.chinapearlcity.net
E-mail:sz_pearl@126.com
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